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倶楽部報(2017年秋号)
《熊本オール早慶戦②》オール慶早戦熊本とKKB会
小西 孝彦(昭和42年卒 熊本高)
2017年09月09日
オール早慶戦が平成29年8月5日に63年振りに熊本藤崎台球場にて行われ、14対3でわが慶應義塾が勝利した。前回の早慶戦は昭和29年11月13日、熊本水前寺球場で昭和28年の熊本大水害の復興祈念事業として行われた。実は、私自身もその場に観戦していた一人であった。
当時、地方球場ではプロ野球の試合など観戦する機会がなかっただけに、プロ野球より人気のあった早慶戦は大勢の観客で覆われ水前寺球場を超満員にした。慶應は多湖隆司(昭和30年卒・北野高)、佐々木信也(昭和31年卒・湘南高)、平出昌雄(昭和30年卒・沼津東高)、山下新造(昭和30年卒・山城高)、衆樹資宏(昭和32年卒・湘南高)、花井悠(昭和30年・岐阜高)の打線、藤田元司投手(昭和31年卒・西条北高)など社会人やプロ野球で活躍した蒼々たるメンバーであった事実を100年史を見て確認、その時も5対1で勝利したことを記憶とともにすり合わせることができた。子供ながら感動し、野球をやってみたいと思うようになり10歳であった自分の進路に大きな影響を与えた憧れの早慶戦であった。
今回は平成28年の熊本地震の復興祈念として行われると聞き、熊本高校と慶應義塾大学で野球をしたOBの会である「KKB会」にて相談、支援協力をすることでメンバーの意見が一致した。このKKB会に関して少し説明をすると、熊本高校から初めて入部、野球をしたのは、昭和38年卒の田浦正昭氏であった。田浦氏が六大学野球での活躍と主将として天皇杯を授与された光景は脳裏に焼き付いている。その後を追うように昭和40年卒の佐藤元彦氏、昭和41年卒の故大田黒信義氏と続き、現在は19人ものOBが名を連ねる。さらには田浦氏の功労は計り知れず、昭和37年12月の日吉でのセレクションに熊本高校から自分を含む三人が参加した際、当時、田浦氏は四年生で退寮しているにもかかわらず横浜駅まで迎えに来て道案内をしたり、食事に誘ったりのお世話を受けたことなどを感謝とともに憶えている。あとに続く十数人にも終始一貫、分け隔てなく先輩として面倒をみられたと聞いている。そのような恩恵受けたOBは多く、順繰りに後輩の面倒をみる風習が伝統となり引き継がれた。 これからは恩恵を受けた我々が中心になって同じような支援協力をしていくべきとの機運が高まり「KKB会」が始まったわけである。
オール早慶戦熊本開催に際し、熊本三田会と連絡を取り合い野球試合のチケット購入はもちろん選手たちの歓迎会や夕食会にも参加し、早稲田側に負けないバックアップ態勢がとれたのもKKB会があったからとも言える。さらには、個人広告寄付協賛は自由意志に委ねたが、比較的に若いOBの賛同から始まり最後はメンバーの10人が協力するに至った。その熱き想いと母校愛の高さを誇らしく思う。「KKB会」がこれからも拡大し、より良い運営を続けることによってさらに塾野球部の繁栄に側面的な貢献ができるよう努め、その思いを次世代にも継承していければと思う。63年前に自分たちが影響を受けたように今年のオール早慶戦を観戦した少年たちにも夢と希望を与えられたものと確信している。
大会を盛り上げ成功裡に導いた熊本三田会の出田敬雄会長や役員をはじめ、平成7年卒池田満頼氏(済々黌高)の復興最中の献身的な支援と協力に敬意とともに心より感謝したい。
熊本三田会メンバーとKKB会参加者とともに
歓迎会での田浦正昭氏とKKB会の皆さん