倶楽部報
倶楽部報(2026年秋号)
三田倶楽部員奮闘記「甲子園は最高!」
林 茂智(昭和60年卒 都立立川高)
2026年09月11日
「あこがれの甲子園で野球がしたい」
全ての高校球児の夢ですが、社会人になっても再び、夢を追うことができるようになりました。それが「マスターズ甲子園」です。私は、東京代表「マスターズ立川」(立川OB)で、マスターズ甲子園に選手兼監督として2度出場し、昨年まで東京都高校野球OB連盟会長として活動していました。そのマスターズ甲子園大会についてご紹介したいと思います。
マスターズ甲子園は2004年から始まり、全国高校野球OBクラブ連合の長ケ原誠理事長(神戸大教授、鶴丸高)、当時の星野仙一・大会名誉会長(明大、倉敷商高)、多湖隆司前大会会長(慶大、北野高)らのご尽力により、2026年4月現在、735校(45都道府県)が参加する大会となりました。毎年11月に開催されるため、秋の甲子園大会とも呼ばれ、地方予選を勝ち抜いた20校が甲子園球場でプレーすることができます。試合は、硬球を使用し、1時間半打ち切り。試合前半は年齢制限がありませんが、後半は35歳以上のみ出場可。投手は、27歳以上で2イニングまで登板可能というルールの中で真剣勝負が展開します。
私は、甲子園に憧れ、立川高校野球部で、本格的な野球人生が始まりました。3年の夏には、巨人軍に入団した松本基淳投手とバッテリーを組み、強豪の日大三を破り、西東京大会ベスト8に進出しました。その後、神宮を目指し、二浪後、慶應義塾大学理工学部に合格、念願の慶大野球部に入部することができました。
全くの無名選手でしたが、東京六大学野球秋季リーグ戦で2年の時にチャンスが訪れました。法大戦に向けて打力を補強するということで、新人にもチャンスが廻ってきました。当時、1982年の法大は、西田真二、木戸克彦、小早川敦彦のPL学園出身者が中心の黄金時代で、春季リーグ戦は無敗の完全優勝、秋も連勝中でした。対法大2回戦、6回裏に、上田和明(昭和60年卒、八幡浜高)、仲沢伸一(昭和61年卒、桐蔭学園高)の2塁打で3-3の同点。なおも二死二塁、ベンチ入り2試合目でバット引きをやっていた私に、前田祐吉監督からいきなり代打をいわれました。バッテリーは和田護投手(日大藤沢高)と木戸捕手という、夢のような舞台で打席に立ち、9球目の速球を無我夢中で振ったらセンターオーバーの3塁打となり、勝ち越し。その後、鴛海正昭投手(昭和59年卒、都立東大和高)が1点のリードを守り切り、勝利。法大の連勝は「13」でストップしました。私の野球人生にとって大きな一打でした。
大学在籍中、リーグ戦で優勝することはできませんでしたが、4年の春からはクリーンアップをまかされるようになり、大学通算打率2割8分1厘、本塁打2の記録を残すこともできました。卒業後、日本IBM野洲で1987年に都市対抗野球大会に出場。クラブチーム「WIEN’94」で選手兼ヘッドコーチとして、志村亮助監督兼投手(平成元年卒、桐蔭学園高)と一緒に1999年の全日本クラブ選手権大会で優勝。「マスターズ立川」で、マスターズ甲子園大会に2012年と2016年に2度出場。東京都高校野球OB連盟でマスターズ甲子園東京大会の運営をリードし、野球活動を続けています。
東京都高校野球OB連盟は2008年に発足。マスターズ甲子園東京大会を主催し、東京代表を決定するためにボランティアで運営する組織です。現在、30校が加盟しており、川邉孝之(昭和63年卒、都立国立高)、梅澤拓也(平成4年卒、都立国立高校)、山下圭(平成6年卒、都立日比谷高)、金森宏徳(平成19年卒、國學院久我山高)の三田倶楽部員4名らが、参画し、母校のユニフォームで甲子園出場を目指して活躍しています。私も戦力にはなりませんが、3回目の甲子園出場を目指して、母校の先輩後輩と一緒に白球を追っています。
2016年11月、「マスターズ立川」は2回目のマスターズ甲子園大会で、熊本県代表の強豪、「九州学院OB」と対戦しました。早朝、開会式に出場するために全出場チームが母校のユニフォームで2番入口前に集合。プラカードをもつ白髪の女性は市立西宮高校のOG。大阪成蹊女子高校吹奏楽部の大会行進曲が始まりました。司会は、1997年の第79回全国高等学校野球選手権大会開会式で現役高校生として初めて司会を務めた山内佑利子さん。当時と変わらない伸びやかな声が球場に響き渡ります。「ただいまからマスターズ甲子園2016第13回大会の開会式を開催します」。ライト側の入場通路に4列に並び、行進が始まりました。通路のコンクリートからいよいよ球場の土を踏みながら行進開始。「東京都代表 都立立川高校!」。私を含む先頭の4人だけは大きく手を振るもリズム感なくボロボロ。一生懸命、甲子園の土を踏みしめて皆笑顔で行進を続けました。
多湖大会会長が開会の挨拶。選手宣誓は対戦相手の「九州学院OB」の清崎貴之選手。半年ほど前の4月に発生した熊本地震を乗り越え、44チームが参加した予選大会を勝ち抜いたチームを率います。そして、夢のような開会式がアッという間に終了しました。2時間後、その「九州学院OB」と対戦。都立高校は、現役も含めても甲子園球場では一勝もしてない中、初めて5-5の引き分けでした。最終回、同点で尚、二死三塁のチャンスで、もう一歩のところで時間切れとなり、試合終了となりました。
2017年9月、「桐蔭学園OB」が神奈川県代表としてマスターズ甲子園に出場するということで「マスターズ立川」と練習試合をやりました。マスターズ甲子園の地方大会は、それぞれの連盟のやり方で運営されており、神奈川県大会の予選は軟球で試合を行なっています。甲子園大会前に硬球で試合をしたいということで練習試合が実現しました。「桐蔭学園OB」は、志村、小桧山雅仁(平成4年卒)、小野正史(平成8年卒)らの塾野球部エースのOBが登板し、1-6と歯が立ちませんでしたが、対戦できるだけで幸せな一日でした。ちなみ、私は志村投手からレフト前ヒットを打たせてもらいました。 2023年11月、マスターズ甲子園の神奈川県代表は「日大藤沢OB」でしたが、監督は、あの一打を打たせていただいた法大OBの和田投手でした。大会役員で参加した私は甲子園で「法大の連勝をストップした林です」と挨拶したところ、覚えていてくださいました。
東京大会は、予選から硬球を使用しますので、大会を運営するためのグランド確保が大変です。昨年から堀井哲也監督(昭和59年卒、韮山高)のご厚意で、毎年、東京六大学野球リーグ戦の合間に半日、日吉野球場をお借りして公式戦を実施しています。現役のときは全面土でしたが、現在は綺麗な人工芝のグランドになっています。このグランドでプレーできるのも「マスターズ野球」の楽しみの一つとなっています。ちなみに東京大会決勝は毎年、神宮球場で実施しています。
甲子園というブランドは、日本人特有の文化だと思います。今は、米大リーグ(MLB)で多くの日本人が活躍していますが、すべて甲子園を目指した球児でした。彼らも現役を引退したらマスターズ甲子園に参加する権利があります。大谷翔平選手とマスターズ甲子園で対戦することもあるかもしれません。さまざまな野球を経験してきましたが、今後も生涯スポーツとして野球を楽しみたいと思います。多くの三田倶楽部員の参加をお待ちしています。

マスターズ甲子園大会開会式での入場行進

マスターズ甲子園でフルスイングしましたが、キャッチャーフライに終わりました

東京都高校野球連盟の加盟校説明会で、
マスターズ甲子園を説明する筆者=東京・表参道の青山学院高等部PS講堂

慶応スポーツからいただいた。最後の早慶戦のベンチでの様子。「背番号3」が好きです

慶大野球部で理工学部の後輩からもらった写真。
打った後に口を膨らませるのがドジャーズの大谷みたいで好きな写真です








