倶楽部報

ホーム > 倶楽部報 > 2026年春号(三田倶楽部員奮闘記「コーチングを通じて野球界に恩返し」)

倶楽部報(2026年春号)

三田倶楽部員奮闘記「コーチングを通じて野球界に恩返し」

松井 幸喜(平成9年卒 長良高)

2026年04月10日

今思えば、「コーチ」と呼ばれることを仕事にできていることの礎は、大学4年生の時に培われたことかもしれません。

私は岐阜県立長良高校から1浪してSFC4期生として入部しました。岐阜といえば岐阜高校や県岐商が有名ですが、長良高校は学力も野球も中堅校で、高校時代の実績は何もありませんでしたが、六大学野球と早慶戦への強い憧れだけで野球部に入部しました。私の学年は、1学年上には高木大成さん、1学年下には高橋由伸くんと、プロ野球ドラフト1位が主将を務める学年に挟まれた学年で、4年間8シーズン、一度も優勝を経験することができなかった学年でした。

私は3年生までベンチ入りすることもできず、秋のシーズンが終わり、4年生になる直前に学生コーチである新人監督という役目を引き受けることになりました。あえて引き受けるという表現を使ったのは、学生コーチになるということは、すなわち選手として神宮球場でプレーすることを諦めるということであり、また文字通り新人(1、2年生)の監督として練習の指導にあたることや、全選手の練習メニューを管理し、リーグ戦ではランナーコーチを務めるなど、責任のある立場になるため、神宮でプレーすることを夢見て入部してきた選手であれば、誰もが躊躇する役目だからです。

学生コーチの選出は選手の話し合いで行うことになり、丸2日間、初日は徹夜で話し合いを行いました。最終的に全員が私を全力でサポートするということで意見がまとまり、それであればということで引き受けることになりました。

私が新人監督に決まると、SFCの友人の一人が私に一冊の本をプレゼントしてくれました。その本は、デール・カーネギーの『人を動かす』というビジネス書でした。そのタイトルを見て、私は人を動かすなんておこがましい、将来プロ野球選手になるような選手たちの中で、私のような実績がない選手がそんなことを学んでも意味がないのではないかと思いました。しかし読んでみると、その時の自分の考えにピタっとくるようなことがいくつも書かれていました。それは、人に動いてもらうためにまず必要なことは、相手に対する承認と関係性づくりが大切であるというものでした。

私はそれからの1年間、すべての選手に対して、そして下級生に対しても、上下関係や集団生活における規律は保ちながらも、意見を言いやすい雰囲気や関係性づくりをしていくことが、最終的にはよいパフォーマンスにつながるのではないかと考えました。また、無名で何の実績もない自分にはこの方法が合っているのではないかと考え、学生コーチを全うしました。

結果として、戦力にも恵まれ、新人戦では8シーズンぶりの優勝という結果を残すことができ、自分にとって一つの大きな成功体験になりました。一方で、リーグ戦では勝つことができず、やはり実力がものをいうスポーツの世界、かつ六大学野球という高いレベルでは、自分のようなやり方で結果を出すのは難しいのではないかという無力感も味わうことになりました。

その後、就職して会社員生活を送る中で、『人を動かす』はずっと本棚にはあったものの、再度読み返すことなく、記憶からほとんど消えていきました。

月日が流れ、私も会社の中でマネジメントを任される立場になり、自分が動くだけでなく、人を動かすことが仕事になった時、ふとこんな考えが浮かびました。「私は、自分で仕事をすること、チームで仕事をすることについては多くの経験をし、実績も上げた自負はあるが、マネジメントについては誰からも何も教わったことがなく、ただ先輩方の所作を真似ているだけで、自分なりのマネジメントがあるのだろうか?」

そして、大学4年生の時の経験を思い出し、あの時の成功体験と挫折体験をビジネスの世界で活かすため、自分のマネジメントスタイルを見つけ、確立する目的で、2019年にコーチングスクールに通うことを決意しました。

コーチングスクールで学んだことは、傾聴、承認、フィードバックなど、これまで、見よう見まねで感覚的に行ってきたことの体系化でした。それは、点で存在していた私の考え方と経験が、一本の線としてつながっていくような感覚でした。さらに、コーチングを学ぶにつれ、あの時ぼんやりと理解していた『人を動かす』の内容は、まさにコーチングに通じるところがあると改めて理解することができ、何十年かぶりにその本を手に取りました。

最初は、自分のマネジメントスタイルを確立することを目的としてコーチングを学び、会社で実践することから始めていくうちに、このコーチングというものは、突き詰めれば本当に世の中を変えるほどのパワーのあるものではないかと思うようになりました。そして、コーチングを自分の会社の中だけにとどめず、副業として実践していくこと、さらにその先にはコーチングを広め、世の中にコーチを輩出することが、より社会に貢献できるのではないかと考えるようになりました。

その後、2021年には銀座コーチングスクール汐留校の講師となり、2022年には銀座コーチングスクール伊豆熱海校を代表として立ち上げました。また、2022年に国際コーチング連盟のアソシエイトコーチ(ACC)および、2025年には同プロフェッショナルコーチ(PCC)の資格をそれぞれ取得し、平日は会社員として、平日夜間や土日はコーチングスクールの講師を務めています。

大学4年生になる時、学生コーチと呼ばれる役目を引き受け、自分がどのようなスタイルでコーチという役割を担えるのかを考えさせてもらえた経験、そしてあの一冊をプレゼントしてくれた友人へ感謝するとともに、さらに当時の選手、監督、学生スタッフが私のやり方を尊重して任せてくれたことが、今につながっているのだと思います。

そして中でも、私の同級生で主将を務めた加藤貴昭くんは、同じ学年の中でも私と彼の二人だけがSFCに毎日のように一緒に通った盟友であり、私のスタイルを認め、任せてくれた一人です。現在、加藤くんが野球部出身で初の部長となり、2023年秋のシーズンで優勝を果たし、さらに昨年2025年には東京六大学野球連盟100周年という記念すべき年に理事長を務めたことは、私にとっても大きな誇りです。

現在は、銀座コーチングスクール汐留校と伊豆熱海校の2校の代表を務め、コーチングを広く伝えていく活動に加え、私を育ててくれたチームスポーツやビジネス組織への恩返しのつもりで、チームに対するコーチングを実践したり、チーム向けのコーチングカリキュラムの開発にも取り組んでいます。個人だけでなく、組織やチーム全体に働きかけることで、チームと個人のパフォーマンスを最大化できるのではないかと考え、活動の幅を広げ続けています。

私は2024年の年末から、母校である長良高校野球部に対してチームコーチングを取り入れ、実践しています。大学4年生の時にはリーグ戦で勝つことができませんでしたが、実力社会であるスポーツの世界においてもコーチングの有効性を証明したいと考えています。そして、そのことが私の原点であり、私を育ててくれた野球の世界に、コーチングを通じて少しでも恩返しができればと考えています。

独立リーグ野球アカデミーでコーチング指導をする松井幸喜さん(右)の写真
独立リーグ野球アカデミーでコーチング指導をする松井幸喜さん(右)

母校の長良高の野球部員のコーチングをする松井幸喜さん(右奥)の写真
母校の長良高の野球部員のコーチングをする松井幸喜さん(右奥)

コーチングの一環でグラウンドルールを確認する長良高野球部員たちの写真
コーチングの一環でグラウンドルールを確認する長良高野球部員たち

^