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倶楽部報(2025年春号)

三田倶楽部員奮闘記 50歳で世界2位!マスターズ陸上への挑戦

水口 政人(平成9年卒 松山東高)

2025年04月11日

「On your marks… Set……」
スタートラインでピストルを待つ静寂、あの緊張感がたまらない。

2024年8月、舞台は“世界マスターズ陸上競技選手権大会”。スウェーデンで開催されたこの大会に50歳以上の部で出場し、100mで銀メダル、4x100mリレーでは世界新記録で優勝——まるで夢のような結果だった。

私が慶大野球部に入ったのは1993年。その翌年にご勇退された前田祐吉元監督の”最後の教え子”にあたり、また高木大成選手の一つ下、高橋由伸選手の一つ上の学年である。ベンチ入りさえままならず、目立った活躍もないまま卒業した私が、OB会報に奮闘記を書く機会をいただけるとはなんとも畏れ多い。さらに僭越なことに、話題は野球ではなく…陸上競技だ。

「そろそろ、どっちが速いかハッキリさせようぜ」

40歳を迎えた春、野球部同期の友人とこんな会話を交わした。彼は甲子園常連の名門野球部出身で、当時チームNo.1の俊足選手。私も走力には自信があったが、現役時代に彼と競争したことはなかった。そこで、陸連登録なしでも出場できる100mの大会を探し、ヤフオクで中古の陸上スパイクを落札。レースの1ヶ月ほど前から、自宅前の坂でダッシュを繰り返した。

私の40歳初レースタイムは12秒56。勝負の行方は二人の思い出としてそっとしまっておくこととするが、100mのスタート前の高揚感、全力疾走後の爽快感にすっかり魅了された。そして気づけば、マスターズ陸上競技連盟に選手登録していた。(※マスターズ陸上では主に35歳以上の選手が、5歳刻みの年齢クラスで競い合う)

ちょうどその前年、“百獣の王”として知られるタレント武井壮氏が40歳で世界マスターズに出場し、メディアの注目を集めていた(当時の武井氏は11秒1台)。その活躍を見て、私は思った。「一体どうすれば彼より速くなれるか?」

マスターズ選手の多くは、仕事や家庭がある中で週末に競技場へ行き、最新のトレーニング理論を取り入れて練習を重ねている。一方の私は、40歳にしてはそこそこ速く走れたが、100m選手としてはまったくの素人であった。練習方法を真似てみたところで、陸上部出身の猛者たちに肩を並べられる望みは薄く、ましてや”百獣の王”には一生追いつけないだろう。

そもそも野球部時代に皆から「練習嫌い」と評されていた私が、貴重な休日を使ってシンドイ練習を毎週やり続けられるのか…怠慢な中年スプリンターが、誰よりも効率的に、できるだけ楽をして速くなる——そんな私に好都合な“究極のトレーニング”があっても良いではないか?自分の性格や環境に最適化したオリジナル練習を編み出すことこそが、競技力向上のカギだ、と考えた。

「12秒間の全力坂道ダッシュ毎日2本」

12秒ダッシュは100mを想定した全力疾走の時間で、2本なら疲労も抑えられる。仕事の影響を受けず確実に練習できるよう、毎朝3時半に起床。4時から30分間で坂ダッシュ2本を終わらせる。この時間帯なら住宅街で全力疾走しても通行人と衝突する心配はないし、仕事へも身体へもダメージは最小である。

シンプルで地味だが…この練習メニューも、長く続ければ大きな効果を生むはずだ。ただ、仮に陸上コーチが『12秒坂ダッシュを毎日2本続けること、以上』と指導したとして、果たして選手たちはついてくるだろうか?人は飽きやすく、新しいものを好む。せっかく素晴らしいメソッドに出会っても、定着して実を結ぶ前にまた青い鳥を追いかけがちだ。

そこで大切にしたいものがオリジナリティ。そのメソッドが自分の頭で考えたものなら、信念とこだわりを持ち続けられる。つまり、どんな練習をするかは大事、しかしどれだけ続けられるかはもっと大事、ということだ。継続するためにどう工夫するかが腕の見せ所、と私は考える。

40歳の春に陸上を始めてから11年。今も毎朝、12秒坂ダッシュを続けている。43歳で全日本チャンピオン、45歳でアジアチャンピオン、そして50歳となった昨年、ついに世界の表彰台に立つことができた。

『練習ハ不可能ヲ可能ニス』

合宿所の壁にこの言葉を見てから30年余り——今になってようやく、その意味がわかった気がする。

次の目標は2026年夏の世界マスターズ、“世界最速の男”を目指し、明日の目覚ましを3:30にセットした。

(追記)
私の陸上レース結果は『X(本名で登録)』に随時アップしています。「なんか面白そうなことしてるな」と興味を持たれた方がいれば、ぜひご連絡ください。100歳でも楽しめるマスターズ陸上、いつかご一緒できる日を心待ちにしております!


2019年マレーシア大会の4×100mリレーで世界記録を樹立(右から2人目が水口氏)
2019年マレーシア大会の4×100mリレーで世界記録を樹立(右から2人目が水口氏)

2018年スペイン大会の100mで力走する水口氏(左から2人目)
2018年スペイン大会の100mで力走する水口氏(左から2人目)

2019年ポーランド大会。スタート前の静寂(左端が水口氏)
2019年ポーランド大会。スタート前の静寂(左端が水口氏)

2024年スウェーデン大会の100mで銀メダルに輝いた水口氏
2024年スウェーデン大会の100mで銀メダルに輝いた水口氏

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